Jリーガー引退後の人生とは?セカンドキャリアの成功例を紹介

2020.01.31

Jリーガー引退後の人生とは?セカンドキャリアの成功例を紹介
Jリーガーの引退年齢は、25歳から26歳頃って聞くけど、その後はどんな仕事に就いているのかな?
うんすごく早い印象だよね。引退後に、サッカー関係の仕事に就く人は少ないって聞くよね。
サッカー関係以外ではどんな仕事があるのかな。セカンドキャリアで成功するのは何を頑張ればいいのかしら?
うん、そうだね。成功している人の例をみれば分かるかもしれないね。今日は、Jリーガーの引退後の人生をいろいろ見てみよう!
目次

Jリーガー引退後は厳しいセカンドキャリアが待ち受けている

1993年にJリーグが開幕し、50以上のクラブチーム、1500人以上の選手がプレーしています。年間の試合数は1000を超え、1試合の平均観客動員数は1万5000人とも言われており、子どもから大人まで楽しめる人気のスポーツの1つになりました。
しかし、2008年のピークから平均観客動員数は減少傾向にあり、規模が縮小してきているのが現状です。
その原因は、日本のサッカー選手の海外進出にありました。

海外に人材が流出しているJリーグの現状

最近のJリーガーの傾向として、海外へ進出する流れが多くなってきました。世界中のクラブで日本人の選手が活躍している現状です。
2019年の7月末時点で、日本代表選手のうち11人が海外進出を決断しているという現状は、目を見張るものがあります。海外移籍人口が増える原因はどこにあるのでしょうか。

U-20のワールドカップでの日本人選手の活躍や、2017年からJリーグの模様が海外に配信されるようになりました。海外でもJリーガーの活躍が目に留まるようになってきたという背景があります。
実際に、世界のクラブは、将来性を見越して東京オリンピック世代である23歳以下の選手にオファーする傾向があるほどです。

またもう1つの要因として、Jリーグの契約解除金の低さも海外進出を後押ししている格好になります。例えば、元鹿島アントラーズの安部裕葵選手の場合は、満額の解除金を上回る110万ユーロ(1億3000万円)が支払われたと言われています。
このような現状をみても、今後、Jリーガーがますます海外進出していくのは避けられないでしょう。

J1とJ3では年俸にかなりの差

子どもの憧れの職業の1つであるサッカー選手。華やかに見える世界でも、プロ契約を結ぶことができるのは、ほんの一部の人に限られます。Jリーグには3つのプロ契約があり、契約により年俸にも差があります。

A契約は、年俸の上限が無く、高額契約が可能になります。レギュラークラスのほとんどがこの契約を結んでいて、1チーム原則25人までという規定があります。
B契約は、年俸上限480万円で、人数制限はありません。
C契約は、新人選手が結ぶ契約で、年俸上限が480万円です。また、入団から3年目までしかこの契約は結ぶことができなくなっています。

また年俸の内訳は、基本給と出場・勝利給に分けられています。J1の平均年俸が3504万円、J2の平均年俸が400万円、J3の平均年俸は300~400万円程度が精一杯と言われています。全体のJリーガーの平均年俸は2000万と言われていますが、J1とJ3ではかなりの差があるということです。

例えプロ契約と言っても、J3ですとサラリーマンの初任給とあまり変わらない程度しか稼ぐことができないのが現状です。

Jリーガー引退後の人生とは?セカンドキャリアの成功例を紹介

意外と早い!Jリーガーの引退年齢

Jリーガーの平均の引退年齢は25~26歳、平均在籍年数は2~3年となっており、驚くほど短いサッカー人生だと言えるでしょう。
J1で800人ほどいる選手の中でも、毎年プロ契約ができるのが約650人と言われています。残りの150人は引退するか、もしくは、下位のリーグへ行くか、海外に進出しサッカーをするしか道はありません。

C契約の新人に関しては、3年経たずに戦力外と言われるケースも多く見受けられます。
一般的には、大学を卒業して2~3年経過したくらいが、25~26歳に匹敵するため、仕事に慣れてきてこれから一人前に活躍していく時期にあたります。
そう考えても、Jリーガーとして活躍できる時間は短く、それ以降のセカンドキャリアを充実させていかなくてはいけません。

Jリーガーのセカンドキャリア支援の現状

Jリーガーの引退後のセカンドキャリアはさまざまですが、華やかな表舞台からは想像できない、厳しい現実が待っています。Jリーグ時代にトップ選手だった人は、引退後に監督やコーチ、指導者や解説者などの仕事に就くことができます。

また、タレントや俳優、実業家として活躍する人もいるでしょう。
しかし、引退後も表舞台のように華やかに活躍できる人は、ほんの一握りでしかありません。約8割ものJリーガーが引退後のセカンドキャリアに不安を抱いているのが、現状です。

Jリーガーとして登録している選手の内、年間で18%の選手が戦力外通告を受けている現実もあります。その現実を受け止められず、Jリーガー引退後に精神障害になる選手やアルコール依存症になる選手も多いようです。
そんな中、他のスポーツに先駆けて2002年に「セカンドキャリアサポートセンター」を設立し、引退後の選手のセカンドキャリア問題に取り組みました。しかし、実際には機能されず2013年3月には廃止されています。
Jリーガーは、引退後は自力で就職・転職活動を行い、セカンドキャリアを形成しているのが現状なのです。

Jリーガー引退後のセカンドキャリアの事例

実際に、Jリーガー引退後にはどのようなセカンドキャリアを歩んでいっているのでしょうか。海外と比較しても、日本はセカンドキャリアの支援が整備されておらず、サポートできていないのが現状です。Jリーガーだけに限らず、アスリートのセカンドキャリアの問題は、社会問題となっており、早急な対策が必要になってきています。

サッカー選手の引退後の主なセカンドキャリアについて紹介していきます。

サッカー関係の仕事に就く人

監督、コーチ、スタッフ、審判、解説者、タレント、子ども指導者スクールスタッフなどが挙げられます。しかし、サッカー関連の仕事に従事できるのはほんの一部の限られた選手になるでしょう。

意外と多いサラリーマン

意外に思うかもしれませんが、Jリーガーの引退後は、サラリーマンになる人が多いです。サラリーマンでもさまざまな業界があり、スポーツ関連のメーカーやショップ、インストラクターなど、今までの経験を活かしてできる業界への転職もあれば、全く関係のない不動産や製薬会社などに転職したり、業界もさまざまです。

資格を必要とする専門職

自身で資格を取得して仕事をするJリーガーもいます。
整体師、教員、消防士、警察官、弁護士、司法書士などがあります。自身で独立して店舗や事務所を構える場合もあれば、企業に属して活躍する場合もあります。

サッカースクールの指導者になる

日本サッカー協会では、定期的に指導者養成講習会を開催しており、講習会修了者には公認ライセンスが与えられます。
引退を考え始めた選手や引退後に講習会を受講する選手も増えています。
C級D級ライセンスでは、地域のチームやサッカースクールで12歳以下の子どもたちを指導できます。
A級U‐12のライセンスは、Jリーグの下部の組織や代表クラスの12歳以下の子どもたちを指導できます。
競技団体に所属したり、自身でスクールを立ちあげて指導したりすることができます。

Jリーガー引退後のさまざまな成功例

Jリーガー引退後の選手のセカンドキャリアには、どのようなものがあるのでしょうか。さまざまなタイプの成功例を紹介していきます。

上場企業の社長になった嵜本晋輔氏

幼少期からサッカーを中心に生きてきた、元ガンバ大阪の嵜本晋輔氏。プロ入りしてから3年後には戦力外通告をされ、22歳で現役を引退しています。
引退後は、父親が経営していた家電製品のリユースの手伝いを始め、そこで人生が変わることになりました。
現在は、株式会社SOUの代表を務めており、起業してからわずか7年でマザーズに上場を果たすほど活躍しています。
嵜本氏は、サッカー人生から撤退するという決断力と、失敗を恐れない挑戦する勇気を持ち合わせていた結果、経営者として成功したと言えるでしょう。

MBAを取得した西野努氏

大学卒業後、1993年にJリーグの浦和レッドダイヤモンズへ入団し、DFのラインの一角として活躍した西野努氏。2001年の引退後はイギリスのリヴァプール大学に入学し、MBAを取得しました。
MBAとは、経営学修士と呼ばれ、経営学の大学院修士課程を修了すると与えられる称号です。欧米においては、CEOの約4割程度はMBAを取得しており、企業において歓迎される存在です。
現在では、株式会社オプト・スポーツ・インターナショナル設立の代表取締役、株式会社SEA Glolbalの取締役、埼玉スタジアム・スポーツクラブ サッカースクールコーディネーターとして幅広く活躍されています。 

ガンバ大阪の監督になった宮本恒靖氏

小学校5年生からサッカーを始め、高校卒業後はプロとして活躍する一方で大学も進学し、競技生活と両立しながら卒業した宮本恒靖氏。2000年のシドニー五輪、2002年、2006年のワールドカップにも出場しています。
現役引退後は、スイスで国際サッカー連盟(FIFA)と国際スポーツ研究機関(CIES)が主宰する修士課程であるFIFAマスターに入学し、Jリーガーとして初の卒業生となりました。

宮本氏は、自分が選んだサッカーの道で一生のキャリアを考えて実行されています。1つ目標をクリアしていくと、また次の目標をたてていました。プロと学業の両立は大変だったようですが、時間の使い方を工夫しながら乗り越えています。サッカーを中心に考えながらも、その時にしかできない経験をすることで、さまざまな可能性を広げきた結果が、現在のガンバ大阪の監督就任につながっているのでしょう。

企業で営業職に就いた阿部祐大朗

幼稚園の頃からサッカーを始め、高校3年生の時に横浜Fマリノスの特別指定選手としてJリーグデビューした阿部祐大朗氏。その後、さまざまなクラブを渡り歩き、Jリーガー引退後は、自身で転職活動をして、ウェディングプランナーとして転職をしました。
サッカーしか知らなかった阿部氏は、なかなか慣れるまでは苦労したようです。そして3年で退職し、現在は大手外資系金融会社の法人営業としてお勤めされています。
阿部氏は、プロで失敗した理由はサッカーに夢中になれなかったことだと振り返ります。自分が楽しいと思えること、夢中になれることを探して挑戦することが、セカンドを成功させる条件と言えるでしょう。

Jリーガー引退後にスムーズに転職するためのコツ

さまざまなJリーガーの引退後のロールモデルを紹介してきました。サッカーに関わる仕事に就くことができるのはほんの一部になります。早い段階から先のことを考えて準備しておくことで、スムーズに転職することができるでしょう。そのためのコツを3つ紹介します。

Jリーガー引退を納得している

セカンドキャリアで成功している人は、アスリートのキャリアに依存することがなく、セカンドキャリアを前向きに考えています。競技人生に悔いや未練があると、セカンドキャリアはネガティブになりがちです。
Jリーガーとしてのキャリアにピリオドを打って、気持ちの切り替えができていないとセカンドキャリアの成功は難しいでしょう。
現役時代でサッカーを全力でやり切ることで、セカンドキャリアが成功しやすくなります。

Jリーガー引退後の人生とは?セカンドキャリアの成功例を紹介

Jリーガー現役時代に準備をしておく

現役時代には、サッカーに集中したい、と思うJリーガーも多くいます。しかし、意外と早い平均引退年齢を考えてみても、引退後の人生の方が長いのは明らかです。Jリーガーとしてのキャリアをより良くするためにも、人としてのキャリアをより良くすることが重要です。
現役時代が終わる前に、引退後のことを考えて準備することで不安も解消されます。成功者の多くは、現役時代に引退後の人生を考えて、資格の取得や、サッカー界以外の人とのつながりを広げたり、事業を起こしたりと、さまざまな準備を始めています。
セカンドキャリアの目標や夢をもって、現役時代に準備に取り組んでおきましょう。

アスリート専門のエージェントの利用

ここ数年の間に、民間企業のアスリートに特化した就職・転職のエージェントサービスが増えてきました。アスリート専門のエージェントは、一般的なエージェントと比較して、アスリートの特性を活かした仕事の斡旋やサポートをしてくれます。
アスリートの経験を活かし、その経験を評価してくれる企業を紹介してくれるので、おすすめです。

まとめ

Jリーガの人のセカンドキャリアで、サラリーマンが多いって事実にとても驚いたわ。
そうだね。Jリーガーの競技人生が短いのも他のスポーツと比べて特徴的だね。
華やかそうに見える世界だけで、現実は厳しい世界だってことが分かったわ。
テレビで観たり、海外へ進出したりする有名な選手は、ごく限られた人たちなんだよ。
Jリーガーとしての現役時代に引退後の人生を考えて、準備しておくことが大切だね。

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